タグ : 週刊朝日

週刊朝日

『週刊朝日』 - 1922年創刊の老舗週刊誌

メディア紹介No.037 - 『週刊朝日

 

スペック
運営者: 株式会社朝日新聞出版
デバイス: Paper
形式: テキスト, イメージ
フィールド: 総合
更新頻度: 週刊(毎週火曜日発売)
アクセス: コンビニ, 書店, 駅売店, amazon, Fujisan.co.jp

 

紹介文
『週刊朝日』は1922年に創刊されました。第一次世界大戦の戦争特需によって空前の繁栄を謳歌したアメリカ合衆国がヨーロッパ・ロンドンに代わって世界経済の中心となり、大量生産・大量消費の大衆生活スタイルが確立され、ラジオやレコードが新しいメディアとして普及し、ファシズムの台頭がはじまった時代です。
その後、『週刊朝日』は「大衆」という時代的な受け皿の確立を背景に部数を伸ばし、1958年には出版部数が150万部に達しました。ちなみに1958年当時の日本の人口は約9200万人です。
そんな『週刊朝日』も1977年には48万部、2006年には32万部と年々部数を減らしています。今後『週刊朝日』がどうなるのかは誰にもわかりませんが、少なくとも現在『週刊朝日』で執筆している「記者」の方々は、『週刊朝日』がどうなろうと、今後も「記者」で在り続けるのだと思います。「週刊文春」の紹介文でも書きましたが、自分のお気に入りの記者とそうでない記者を発見・確認する見本市的な契機として『週刊朝日』を購読するというのも、一つの読み方ではないでしょうか。
ちなみに筆者は実家の両親が『週刊朝日』を毎週購読していますので、実家に帰ったときにまとめ読みすることが多いです。

     

以上。

強欲な資本主義

政治ジャーナリストの田原総一郎氏が、複数のメディアを通じて「強欲な資本主義」論を展開しています。

たとえば、2010年8月5日にアップされた日経BPnetの時評コラムにおいて、

強欲な資本主義に「正義」はあるだろうか

というタイトルで記事が上がっており、また2010年8月20日号の『週刊朝日』のコラムにおいて、

<「強欲資本主義」の現代にはマルクスが必要だ>

との記事を上げられています。

いずれの記事も、日本の国内上場企業において1億円以上の報酬を受け取った役員の名前と報酬が有価証券報告書に記載されたことを題材に、保険会社のAIGなどアメリカの金融業界における巨額の報酬がいかに常軌を逸した水準に達しているかを、歴史的に、また他国との比較において検討したものです。

そしてその論の結びにおいて、「マルクス」や「強欲資本主義」という言葉を挙げてそのような巨額報酬の現状を批判しています。

 

私個人としては、それがアメリカのことであっても、日本国内のことであっても、一個人が巨額の報酬を「得る」ことに特に大きな憤りは感じません。たとえそれが不当に得られたものであったとしても、目くじらを立てて怒るほどのことでもないように感じます。

逆に私にとって関心があるのは、数億、もしくは数十億という報酬を得た彼らが、今後「何に対してそれを支出するか」です。批判されるべきは、そのお金を彼らが「貯め込み」、自身の老後や子孫に対して脈々と受け継がれていくことではないでしょうか。しかし、その大部分が消費や投資に向くのであれば、目くじらを立てて批判するほどのことでもないように思います。

 

ところで、何にお金を使うかは個人の勝手だ! として家計の支出をプライベートな事柄として詮索・評価させまいという社会的風潮があるように感じますが、なぜ「高額所得」に関してはメディアによって大々的に報道され評価されてしまうのに、「支出(消費)」が社会的に評価されないのか、不思議です。

 

社会学者のヴェブレンは、『有閑階級の理論 』で、過剰と浪費は富裕層の「特権」ではなく「義務」だという趣旨のことを述べています。

 

浪費が高額所得者にとっての「義務」だとまでは言わなくても、公正な「所得」について熱く議論するのと同じように、「支出(消費)」の倫理についての議論が必要とされているのではないでしょうか。