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現代思想2010年8月号

現代思想2010年8月号 特集=ドラッカー マネジメントの思想 現代思想2010年8月号 特集=ドラッカー マネジメントの思想
P.F.ドラッカー 上田 惇生 マーシャル・マクルーハン by G-Tools青土社 2010-07-26
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ドラッカーは自己調整的市場というフィクションを公然と非難する上でポランニーに従っていない。ドラッカーは経済的手段と目的とが他の全てのものの上に位置する社会を確立することの危険性を認識していたが、彼はまたその利点も見ていた。

     

2010年8月号の現代思想ではドラッカー特集が組まれています。

本書では、それぞれの論者が、さまざまな切り口でP.F.ドラッカーを論じています。
全般的には、ウィーンの裕福な家庭に生まれながらも、二度の大戦とファシズムを経験したドラッカー氏の生涯や、ポランニーやシュンペーターなど多岐に渡る知的交流によって育まれたその思想的系譜、そしてドラッカー思想の日本における受容の歴史とその今日的意義など、本書を読めばそれらのことはだいたい把握できるでしょう。

     

中でも個人的に興味深かったのは、ポランニーとの関連性(差異)においてドラッカーを読み直そうとするダニエル・イマーヴァール氏の『市場と国家、そして株式社会』。また、日本で多くのファンによって読み継がれてきたドラッカー氏の言説と、実際の働く場の実態とをつぶさに検証した伊原亮司氏の『ドラッカーの働き方に関する言説と働く場の実態』、そして「マネジメント」なるものを方法論としてではなくイデオローグとして検討した樫村愛子氏の『「もしドラ」のストーリテリングとマネジメントの社会学/精神分析学』です。

     

また、マクルーハンによるドラッカー論や、1970年になされたドラッカー氏へのインタビュー『コンサルタントの条件』なども収録されており、読み応えのある内容となっています。

     

日本において三度目のブームと言われている今日のドラッカーブームですが、『もしドラ』によって喚起されたドラッカー思想への関心を、さらに踏み込んだ理解へと進めるためのものとして、ぜひ読んでおくべき一冊だと思います。

PRIME NEWS 2010年8月19日放送分のレビュー

以下、『PRIME NEWS』2010年8月19日放送分のレビューです。

8月19日放送分では、<なぜ今【ピーター・F・ドラッカー】が注目されるのか? 知の巨人、経営学の神様が残したマネジメント論を学ぶ>と題しての、ドラッカー特集でした。

ゲストは、『もしも野球部の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(以下『もしドラ』)の著者である岩崎夏海氏、ドラッカー学会の会員で立命館大学経営学部教授の三浦一郎氏。またキャスターとして慶応義塾大学総合政策学部教授の上山信一氏という顔ぶれでした。

     

番組ではドラッカー氏における経営、組織、社会的責任とテーマを区切って進んでいくのですが、経営の部分において、ドラッカー氏による「顧客の創造」ということがメインテーマになりました。

そのなかで、『もしドラ』において主人公である南が、自身がマネージャーを務める野球部において考える顧客とは、「部員」・「親」・「先生」・「学校」・「東京都民」・「高野連」・「高校野球ファン」だと紹介されました。そして、彼ら顧客に対して「感動を与えること」が当野球部という組織にとってのミッションだそうです。

また、実際の「顧客の創造」において岩崎氏は、『もしドラ』を、購入者にとって「読むための」本という従来的な商品定義から一歩進めて、「人に薦める」本(=贈答品)として位置づけようとされたとのことです。これは、「人に薦めたくなる」本ではなく「人に薦める」本というのがポイントだと思います。両者においては商品の「価値」が決定的に異なるからです。

     

一方番組においては、顧客の創造は二つの切り口から見ることができる点で進行されていきます。その一つはマーケティング的観点で、リサーチにおいて明らかとなった顧客の顕在欲求としてのニーズを満たすことを指しています。もう一つはイノベーションの観点で、未だ潜在的なものにとどまっている顧客のニーズを読み取り、新たな満足を生み出すことです。

リサーチに関して三浦氏は、一般的に顧客が自ら意識してわかっていることは調べられるが、わかっていないことは調べられないとおっしゃっていました。

これはかなり以前から指摘されているマーケットリサーチの欠点で、たとえば『マーケティングの神話』(1993年)において著者の石井淳蔵氏は、

(消費者は)口に出る言葉以上に、いろいろなことが実はよくわかっている。「洗濯機に何か不満はないですか」と言われれば思いつかないが、「音がうるさいでしょう」と言われればその通りだと思う。

と述べられており、<消費者欲望ないしはニーズは消費者によって自覚されることはあるのか>と疑問を呈されています。

近年おいて急成長した一部の先端的なマーケティングを行っている会社では、実際にマーケットリサーチの位置付けは以前よりも低いものとなっています。

     

つぎに番組における組織運営のパートにおいてですが、ドラッカー氏が人のマネジメントにおいて、「組織の目的は人の強みを生産に結び付け、人の弱みを中和することにある」と述べたことを紹介されました。

大事なことは、ここからマネジメント論へと入っていくことではなく、まずドラッカー氏におけるその(強み/弱み)を判断する基準を考察することではないでしょうか。たとえば岩崎氏は『もしドラ』の高校野球部においてにおいて、「勝つ」ことと同時に「顧客満足」を得る、という新しい基準を提示しました。これは後述するようにドラッカー氏の思想に対して非常に忠実なものとなっています。

       

最後のテーマは、ドラッカー氏の社会的責任論です。引用された氏の言葉は、「現代の組織は、それぞれの分野において社会に貢献するたあめに存在する。それは、社会の中に存在する。地域の中に存在する。隣人として存在する。そして社会の中で活動する」というものでした。

これに対して上山信一氏は「共産党宣言みたい」とおっしゃっていましたが、共産党宣言というよりもこれはアソシエーショニズムだといえると思います。

たとえば言語学者のノーム・チョムスキー氏は、国家の形態を「リベラリズム」、「福祉国家資本主義」、「国家社会主義」、「リバタリアン社会主義」という四つに分類しました。

批評家の柄谷行人氏は、上記チョムスキーの分類に従いつつ、「リバタリアン社会主義」を「アソシエーショニズム」と言い換えました。

資本主義的な社会構成体には、逆にそこから出ようとする運動が生じます。それは、商品交換(リベラリズム)という位相において開かれた自由な個人の上に、互酬的交換(国家社会主義)を回復しようとするものだといってよいでしょう。私はそれをアソシエーションと呼ぶことにします。(『世界共和国へ』)

※文中()は私による表記です。

つまり、市場原理主義的なものの空間のなかで共産主義的なものを回復すること、それを柄谷氏はアソシエーショニズムと言っています。

上記ドラッカー氏による企業の社会的責任論を上山氏が「共産党宣言みたい」とおっしゃったのが間違ってはいるものの言い得て妙なのは、ドラッカー氏は、企業において利潤追求(市場原理主義的なもの)をベースにその社会的貢献(共産主義的なもの)を志向したからです。

先ほどの話ですが、岩崎氏の『もしドラ』における「勝利」と「顧客満足」の関係には、こうしたドラッカー氏のスタンスへの忠実さが表れていると言えるのではないでしょうか。

     

今日においてP.F.ドラッカーをマネジメント論として読むことに新しさはありません。組織体の「強み」と「弱み」を「機会」と「脅威」に照らして分析する手法(いわゆるSWOT分析)はすでにどこの企業でも取り入れられているものです。

重要なことは、こうした方法論としてP.F.ドラッカーを読み直すことにあるのではなく、組織体を「強み」と「弱み」に振り分けるその「基準(=思想)」、方法論としてのマネジメントを生み出し続けるその源泉に遡って思考するべきなのではないかと思います。

     

以上