iPadは電子書籍市場でトップシェアを取らない

iPadという商品(デバイス)、またApp Storeというプラットフォームは、電子書籍市場の勃興期において一時的な熱狂で大きくシェアを占めることはあっても、長期的にはトップシェアを取ることはないように思います。

 

2010年7月3日号の『週刊東洋経済』では<メディア覇権戦争>と題された特集が組まれており、そのトップニュースにおいてアップル社製品に対する日米の熱狂ぶりが取り上げられています。

ただし、その記事のタイトルは<アイフォーン熱狂の裏で進むアップル”閉鎖”主義>となっています。記事中では、アドビシステムズの動画再生技術「フラッシュ」のアップル社のよる締めだしを例に、アップル社の閉鎖性を指摘しています。

ただ、よく知られているように、アップル社の閉鎖性は今に限ったことではありません。

日本では都市部の若い女性層を中心にスタイリッシュなエンターテイメントツールとして話題を呼んでいるアップル社製品(iPod, iPhone, iPad)ですが、日本の都市部の若い女性層は、そもそもアップルブランドにとってのメインターゲットではありません。

 

アップルのブランドポジショニングは「反体制」という言葉に集約されるものです。

それは言うまでもなくマイクロソフトとの関係性のことを示唆しているのですが、もう一つのポジショニングの柱である「つねに人が中心にある」という「人道主義」もまた、マイクロソフトとのコントラストにおいてブランドポジショニングの確立を強固なものとしています。

そして、こうした「理念」を共有できる相手こそがアップル社にとってのターゲット顧客層なのであり、その明確な「理念」にもとづいてアップル社の製品は設計されています。

スタジオジブリの宮崎駿氏に<妙な手つきでさすっている仕草>と痛烈に批判されたあのインターフェースも、こうした理念のもとに選択されているのです。

また、有名な『金融日記』というブログで、<iPadはとても残念なプロダクト>というエントリーが2010年6月13日付けで上がっていますが、最近iPadを手に入れたという筆者がiPadの機能性を取り上げて批判的な文章を記しています。(こちらはこちらで『金融日記』のポジショニングを踏まえた上であえてこきおろしているのだと思いますが)

大切なことは、iPadにおいて機能性はけっして優先事項ではない、ということです。

ジャーナリストのナオミ・クライン氏が、アップル社はもはや製品を売っているのではない、と否定的に主張しているように、アップル社が売っているのは一つの「理念」であり、「夢」なのです。さらに言うなら、それを売っているというよりも、むしろ「共有」しているのです。

そうした「理念」や「夢」が、アップル社と消費者との間で共有されていることを象徴しているのがiPhoneであり、iPadであり、iPodなのです。

ですからアップル社が閉鎖的であるのは当然ですし、アップル社の基本的な経営戦略はそのような閉鎖的空間をベースとしていると言えるでしょう。

 

本国より遠く離れた日本という国においては、そういったアップル社の「理念」や「夢」といったものは薄れてソフトバンクのマーケティング色が強く出ていますが、アップル製品とは本来そういうものなのです。

 

アップル製品はけっして市場でトップシェアをとることがないのは、「反体制」をブランド戦略の骨子に抱えているアップルにとって、「体制」と化してしまうことはブランドの死を意味するからです。

上記に挙げた『金融日記』との関係において、「あえて」批判されるような位置関係に立ってしまっていること自体に、アップル社が望んでいるブランドポジショニングとソフトバンクのマーケティング戦略とのずれを見てとることができるでしょう。

ただ、これからアップル社は少しずつその閉鎖性を表面化させ、やがては市場において完全に外部から遮断された独立国家を創り上げることになるだろうと思います。

 

以上。

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